韓日一つ

文鮮明師と韓鶴子総裁の思想と生涯を正しく伝える、韓国と日本の長所を伝える、日韓の友好・親善を広げる、韓日・日韓の一つになる日を目指す。

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勝海舟待望論!

昨夜は、日韓トンネル推進大会が、永田町の海運クラブであった。
韓国から、許文道元統一院長官が訪れた。1970年代には、4年間朝鮮日報の東京特派員も勤め、日本語はぺらぺら・・

要旨は両国をトンネルで繋ぐ前に、歴史的な面での感情を解かないといけない。
昨年、許南植釜山市長が「韓日のトンネルを繋ぐことで釜山に大きな経済効果が期待される」と発言したら、その夜、釜山市のホームページには3万人が一斉接続し、麻痺状態になってしまった。もし、トンネルを掘るとしても、韓国の国民感情の中には、歴史の中での7年間の朝鮮出兵、36年間の殖民統治が思い出されるのである。

さて、日本史の中で、室町から豊臣秀吉以前まで60回、徳川幕府では12回の華麗な朝鮮通信使節団の往来の友好関係が続いた。しかし、明治維新後、近代日本は軍国主義に変わり、隣国への殖民統治を施行し、戦争に走り、結局は、敗戦の道へ至ったのである。

中半部から、江戸無血開城を成し遂げた、裏の立役者、「勝海舟」の話が長々と続いた。
一言で、勝海舟のような隣国との関係を重視できる方が現れて欲しい。日本は大国ですので、日韓トンネル資金も負担したらどうかと。そういう、大局的目で国の未来を考えることのできる政治家が現れて欲しい。衆議院選の最中で、「国民生活に関わるメニフェストを取り上げているが、今はある面、NewDeal政策のような発想が必要ではないか」と。


資料を調べると勝海舟は、禅の修行をも積み、いかなる状況でも冷静さを失わない強靭な精神力を会得した。 明治期には新政府の相談役、徳川家の後見人的存在として重要な地位に就き、明治20年(1887年)には伯爵となる。その間、朝廷・明治政府と徳川家との間を取り持ち、その努力が実り明治31年(1898年)、慶喜は天皇への拝謁を許さる。そして翌年、勝は亡くなった」とある。


世界的経済危機、少子化、青少年教育等の大変な時代の中で、親切・倹約・正確さの国-日本を素晴らしい方向に導いてくれる第2の勝海舟の出現を静かに祈ってみるのである。 
                                    -成城教会長拝-


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[ 2009/08/08 16:48 ] 一言の提言 | TB(0) | CM(0)
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Author:韓日一つ
文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫妻を生涯の師とする韓国人責任者の一人、日本生活18年目、文師ご夫妻の思想と生き方を正しく紹介する。家庭連合(旧統一教会)の諸活動を総合的に伝える。自由・道徳・責任言論の観点で記事を書く。ここの記事は一個人の見解で、教団の公式的な見解ではない。訪問者の方々に感謝!コメントには誠心で答える。

PCメール: hhyju888@gmail.com

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