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韓日一つ

Author:韓日一つ
文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫妻を生涯の師とする韓国人、日本生活20年目、文師ご夫妻の思想と生き方を正しく紹介する。世界平和統一家庭連合の諸活動を伝える。自由・道徳・責任言論の観点で記事を書く。ここの記事は一個人の見解で、教団の公式的な見解ではない。読んでくださる方々に感謝申し上げます。

PCメール: hhyju888@gmail.com

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言論の自由性・道徳性・責任性

2010/02/09 13:23:30 | 思いが止まるところ | コメント:0件

筆者は大学で、政治外交学を受講した。新聞放送学も少しふれた。
今は情報が氾濫する時代とも言えよう。多くの人々が、新聞の報道や、テレビのニュースを接している。その言論・放送の報道は常識として受け入れられる。人々にも夜が、大半の人はそういう報道を信ずる。しかし、記事や報道が自分と係わりがあった場合には、事実と違う内容で出てしまう体験もあるだろう。

先日、梶栗会長の国際勝共連合・世界平和連合会長、就任の集いに行った時、第2部の食事会である、憲法改正に取り組む現役の議員曰く、「立場・仕事上、多くの言論記者が訪れ取材していくが、伝えた内容より、歪んだ記事で出てしまう場合が多い」と言われた。取材記者に聞くと「記事を書く時には、聞いた通りに書きましたが、デスクに革命を夢見る方がおられるようで、記事の内容が変わってしまいます」と返事するそうだ。

報道は、真実にもとづく、公正性が生命である筈だ。そこに、新聞社・放送局の方針が加わり、願わざる方向に流れる場合も多い。日本社会は、メディアの報道によって踊る場合が多い。多数の国民は、そこに操られている。

文鮮明師は言論は「自由言論・道徳言論・責任言論」であるべきと提示された。
韓国の新聞は、記事の文尾部分に記者の名前を書く。日本新聞はそういうのがない。
取材・作成記者の名前を入れればより良いじゃないか思う。

                                    -成城教会長 拝-


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