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韓日一つ

Author:韓日一つ
文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫妻を生涯の師とする韓国人、日本生活20年目、文師ご夫妻の思想と生き方を正しく紹介する。世界平和統一家庭連合の諸活動を伝える。自由・道徳・責任言論の観点で記事を書く。ここの記事は一個人の見解で、教団の公式的な見解ではない。読んでくださる方々に感謝申し上げます。

PCメール: hhyju888@gmail.com

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左遷も栄転もあり得ぬ!

2010/11/17 08:17:10 | 思いが止まるところ | コメント:0件

我々、統一教会の責任分担の移動・変化をおいて、「左遷!栄転!」という表現を使う場合がしばしばある。我々が行く道は、根本的には「自己完成、家庭完成、真の愛の完成!」にあることを思う時に、こういう認識や表現は、一般的し過ぎるのではないかと思う。

私も多くの人事・異動があったが、考えて見ると「神様は、どこにもおられ恵みをくださり、忘れられない思い出を残してくださった」。問題は、そのときその立場で、何をどのくらい残したかである。仏教の修道僧の道では、逆に下に下に下りて行って、より深い悟りを開き、より高い法力を積むのが、伝統になっているのではないか。

色んな組織の真の主人は誰なのか?
み言のある如くに、「その組織をより愛し、投入し、考える人である」。
総務が責任者より、教会を愛し投入すればその人が、真の主人である。ある、食口がみ旨のより愛し、摂理・全体のために、世を愛し、人々を愛する歩みをすれば、その人が真の主人である。内的に神様は、その人を中心のその地を守って行かれる。

我々は、神様・真のご父母様から召された。それ自体が、栄光である。立場は何の意味もない。逆に、あがればあがるほど大変なことが多すぎる。さらにいつかは下りてこないいといけないのに、それが難しくなりやすい。それで、信仰生命に大きく損する場合のたまに見るのである。

左遷、栄転より、毎瞬間瞬間の天に感謝と、絶えない自己努力と、
真の父母様に栄光をお返しすることしかないのである。
大母様を迎える朝、浮かび上がる思いの片鱗である。



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