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韓日一つ

Author:韓日一つ
文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫妻を生涯の師とする韓国人、日本生活20年目、文師ご夫妻の思想と生き方を正しく紹介する。世界平和統一家庭連合の諸活動を伝える。自由・道徳・責任言論の観点で記事を書く。ここの記事は一個人の見解で、教団の公式的な見解ではない。読んでくださる方々に感謝申し上げます。

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日本人の生き方-日本が母の国である理由

2017/11/28 22:12:26 | 私の随想録 | コメント:0件

「日本人の生き方-日本が母の国である理由」

一日の歩みもご苦労様です。日本人はどう生きるべきか、なぜ神様は日本を母の国として選び立てたのかを考えて見ます時に、そこには、地形、気候、歴史の中で培われて来た国民性等があると思います。

1.日本は地形の天恵を受けている(陸地の国境線がない)
日本は、韓半島と235KMも離れた島国です。中国とロシアはもっと遠いです。北朝鮮もありますが、韓国がいるので安保上、防波堤にもなります。地震、台風も多いので、よその国が侵略して来て住んだとしても、長く生きられなくなるでしょう。震災になれてないからです。日本には、日本人のDNAを持ってない限り中々住みづらい国でしょう。そういう面で、安保上もっとも安全な国でもあります。

2.日米安保条約の恩恵
第二次世界大戦当時、敵国同士の米:日が、安保条約で結ばれたというのは、神様の摂理としか思えないことでしょう。アジア圏を共産主義国家から守るために、米国と「敵国=日本」と安保条約が結ばれたお陰て、戦後70年以上、平和が持続されつつあります。この安定した政治体制の中で、経済の発展が可能になったのです。ここで、6.25戦争特需とベトナム戦争特需は欠かせないものです。特に、豊田自動車の成長は、朝鮮戦争からの漁夫の利が働いたことも事実です。

3.環境の厳しさが産んだ技術と勤勉性
日本は、海に囲まれた島国で、山が多く、湿度は高く雨・台風も多く、震災が頻発する厳しい環境の国です。故に、長い歴史の中で、国土・気候環境の厳しさを乗り越えるために、築城、建築、水道、道路、橋、ダム、電気など様々な面で工夫と研究を重ねて来ました。その結果、今は、世界で最も安全で、社会インフラ、生活環境の便利な国として築き上げて来ました。水と緑の豊かさで肥沃な土地が多く勤勉に働けば、野菜でも取れるのです。空気が綺麗ので日差しが良く、林檎栽培にも最適なのです。

4.名君に恵まれた国
日本史の中で、最も功労の高い人物は、「徳川家康公」です。戦乱の絶えない戦国時代に終わりを告げ、265年間の太平盛代の開いた徳川幕府の諸政策により、全国の300藩はバランスの取れた発展が可能となり、近代化へとスムーズに進み、今の日本は、地方と中央、都会と田舎の差が感じられないくらいまでに発展しているのです。明治維新の成功的進行は、徳川幕府のお陰だと歴史研究家たちから言われています。

5.清廉潔白の公職者像
日本の歴史には、多くの清廉潔白だった為政者がいました。第16代の仁徳天皇は、ある日、京の都を見下ろすと、夕方なのに一般民衆の家の煙突から煙が上がらなったそうです。確認したところ、「民の家にお米がなかったからだ」と分かり、天皇自らが倉を開け民にお米を配り、「お粥食」をしながら、民を慈しんだと言われます。その民を哀れみ慈しんだ結果が、日本最大の古墳である、仁徳天皇陵として残されているのです。

6.日本人の血には武士道が流れている
日本の(本格的)武士政権は、1185年鎌倉幕府から、南北朝、室町、戦国・安土桃山、江戸時代(1868)までの683年間でした。約700年間に渡る武士時代の影響は、日本人の精神文化に一番大きく影響を及ぼし、今も日本人の血脈の中に流れつつあると言えるでしょう。武士道の精神とは、「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」をあげられています。日本人として、もっとも美しい生き方は、正に、この武士道の徳目を重んじつつ生きることではないかと思います。

7.武士道は神様の訓練だった
2001年末の韓国のある集会で、真のお父様から、「神様は日本人を歴史の中で、主君を替えながら侍る訓練をさせて来られた。それは、将来、来られる真の父母に侍ってもらるためであった」と言われたことがあります。

8.明治維新の中心人物-西郷隆盛の無私の精神
明治維新の大政奉還、江戸無血入城の最高の功臣は、西郷隆盛でしょう。明治の新政府が発足の際、最高指導層である参議に、当然、なるべき位置にいたのに、私心無く、長州藩の木戸孝允に譲ったそうです。木戸孝允もそれを拒み、結局は二人が参議になり、廃藩置県のような難しい懸案を解決して来たそうです。そして、最高権力者なのに自分のために公金を使わず、みすぼらしい着物で夕暮れの江戸城の正門を通る時に、不審者に見られ、門番の兵士に捕まえられたそうです。上司が、西郷隆盛であることが分かって、ひれ伏して見送ったと言われます。西郷隆盛が受け取った唯一の謝礼は、犬一匹だったそうです。こういうことが多くの人々から尊敬される理由なのです。

9.無私の精神は繁栄をもたらす
真のお父様のみ言に、「無私の精神は繁栄をもたらす」とあります。真の御父母様、御自らが無私の精神を貫いて歩んで来られて、今の世界的な基盤を築かれましたし、全人類の真の父母になられました。私たちも、真の父母が行かれた道を次いで行く立場なのです。肥しは、完全に無くなりながら滋養分を植物に提供します。父母の愛の犠牲によって、子は素晴らしい成長を遂げるのです。

10.日本人は、母の優しさと肥しのように犠牲を厭わない道を行こ
日本人(日本に住む人まで)は、大海原の様な広い心と、海の様な静けさと、水の生命力と凝集力と、下に下に流れてどこでも浸透する水の様な謙虚さをもって、世界人類を抱き、生かして行かれる真の父母様の真の愛の相対圏に立って、真のお母様と同じ心情をもって、世界人類を潤わす母親の道を歩んで行くべきでしょう。

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