韓日一つ

文鮮明師と韓鶴子総裁の思想と生涯を正しく伝える、韓国と日本の長所を伝える、日韓の友好・親善を広げる、韓日・日韓の一つになる日を目指す。

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文鮮明師の自叙伝 『平和を愛する世界人として』序文全訳

乾いた冬の終わりに、夜通し春雨が降りました。どれほどうれしいことでしょうか。朝じゅう、庭をあちらこちらと歩き回りました。湿りを得た地から、冬の間ずっとかぐことのできなかった土の香りが芳しく匂い立ち、枝垂れ柳や桜の木には小さな芽が萌え始めました。至る所から、ぽんぽんと新しい生命の芽吹きの音が聞こえてくるようです。

 追いかけるように庭に出てきた妻は、いつの間にか乾いた芝の上にひょいと突き出したヨモギの新芽を摘み取ります。一晩降った雨で、すべてのものが香りを放つ春の庭園になりました。
 世の中が騒がしかれ、どうであれ、三月になれば必ず春は訪れてきます。このように冬が去って春になり、春になれば花が満開になる自然は、年を取るほどに、より重要なものとなってきます。わたしが何者だからといって、神様は季節ごとに花を咲かせ、雪を降らせ、生の喜びを与えてくださるのか。胸の内、その奥深いところから愛があふれ、それが喉元まで込み上げてきて、息が詰まるようです。
 
生涯、平和な世界を成すために東奔西走し、地球を何周も回りましたが、この春を迎える庭において真正なる平和を味わっています。平和もまた神様が何の見返りも求めずただで下さったものです。わたしたちはそれをどこに失ってしまったのでしょうか。まったく見当違いの場所で捜し出そうと努力しているのかもしれません。
 
平和な世界をつくるために、わたしは生涯、この世の底辺や辺境の地を訪ね回りました。飢えている息子を前に、なすすべもなく見守るしかないアフリカの母親たちにも、川に魚がいるにもかかわらず、釣りのしかたが分からないために家族を食べさせることのできない南米の父親たちにも会いました。
 
わたしは彼らに食べ物を少し分けてあげただけですが、彼らはわたしに愛を施してくれました。私は愛の力に酔って、原始林を伐り拓き、種を蒔き、木を伐って学校を建て、魚を釣って、おなかを空かせた子供たちに食べさせました。体中を蚊に刺されながら夜を徹して釣りをしても幸福であり、泥土の中に太ももまですっぽりと埋まってしまっても、寂しい隣人たちの顔から陰が消えるのを見るのが喜びでした
 
平和な世界に向かう近道を捜して、政治に変化をもたらし、世の中を変えることにも熱中しました。ソ連のゴルバチョフ大統領に会い、共産主義と民主主義の和解を試み、北朝鮮の金日成主席と会い、韓半島の平和について談判しました。さらに、道徳面において崩れゆくアメリカに行き、清教徒の精神を目覚めさせるという消防隊員のような役割も果たし、世界の紛争を防ぐことに没頭したのです。
 
イスラム教徒とユダヤ教徒の和合のために、テロが頻繁するパレスチナに入ることを恐れず、ユダヤ教徒とイスラム教徒、キリスト教徒たち数千人を一堂に集め、和解の場を準備し、平和行進を行いました。それでも、葛藤は今も続いています。しかし今、わたしはわが国で、平和の世界が大きく開いていく希望を見だします。多くの苦難と分断の悲しみで鍛えられた韓半島で、世界の文化と経済を導く強い機運が、龍が舞い上がるように巻き起こっているのを全身で感じています。新しい春が訪れるのを誰も抑えることができないように、韓半島に天運が訪ねてくるのを、わたしたち人間の力ではどうすることもできません。押し寄せる天運に従って、わたしたち民族が共に飛躍するために、しっかりと心と体の準備をしなければならない時です。

 わたしは、たった三文字にすぎないこの名前を言うだけでも世の中がざわざわと騒ぎだす問題の人物です。お金も、名誉も貪ることなく、ただ平和のみを語って生きてきただけなのですが、世の中は、わたしの名前の前に数多くの異名を付け、拒否し、石を投げつけました。わたしが何を語るのか、何をする人間なのかを調べようともせずに、ただ反対することから始めたのです。
 
日帝の植民地統治時代と北朝鮮の共産政権、大韓民国の李承晩政権、そしてアメリカで、生涯に六回も主権と国境を越えて、無実の罪で牢屋暮らしの苦しみを経て、肉が削られ、血が流れる痛みを味わいました。しかし今、わたしの心の中には小さな傷一つ残っていません。真の愛の前にあっては、傷など何でもないのです。真の愛の前にあっては、怨讐さえも跡形もなく溶けてなくなるのです。
 
真なる愛は、与え、また与えても、なお与えたい心です。真なる愛は、愛を与えたということさえも忘れ、さらにまた与える愛です。わたしは生涯、そのような愛に酔って生きてきました。愛以外には、他のどのようなものも望んだことはなく、貧しい隣人たちと愛を分かち合うことにすべてをささげてきました。愛の道が難しく、涙があふれ、膝をへし折られても、人類に向かう愛にささげたその心は幸福でした。
 
今も、わたしの中には、いまだすべて与えきれない愛だけが満ちています。その愛が、干からびた地を潤す平和の川となって、世界の果てまで流れることを祈りながら、この本を発表します。最近になって、わたしが何者かと尋ねる人がぐっと増えました。そのかたがたの少しでも助けとなるように、これまでの生涯を振り返り、この本に率直な話を詰め込みました。ページ数に限りがあるので、語りきれない内容は次の機会にお伝えできればと思います。
 
これまで、わたしを信じ、わたしの傍らを守り、生涯を共にしてきたすべての人に、そして、すべての難しい峠を共に克服してきた妻である韓鶴子に無限の愛を送ります。最後に、この本を上梓するまでに多くの精誠を尽くしてくださった金寧社の朴恩珠社長と、わたしが思いつくままに語った煩多な内容を読者の皆様に分かりやすくお伝えするために苦労を厭わず尽力してくださった出版社の関係者の皆様全員に、心からあふれる感謝の意を表したく思います。
 
          二〇〇九年三月一日 京畿道加平にて   文鮮明 

〈ファミリー6月号から〉
 


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[ 2009/06/06 18:51 ] 今日のメッセージ | TB(0) | CM(0)
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Author:韓日一つ
文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫妻を生涯の師とする韓国人責任者の一人、日本生活18年目、文師ご夫妻の思想と生き方を正しく紹介する。家庭連合(旧統一教会)の諸活動を総合的に伝える。自由・道徳・責任言論の観点で記事を書く。ここの記事は一個人の見解で、教団の公式的な見解ではない。訪問者の方々に感謝!コメントには誠心で答える。

PCメール: hhyju888@gmail.com

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